2024年からベースを弾く機会を持ちました。周りを見渡すとベースのサイズのせいか、身長がある程度ある方が弾いているように見受けられます。横幅は問題ないのですが、なにしろ低身長で物理的にどうやって弾いたら良いのかしらと色々試してみました。昔ながらの長いベースはかなり大変なのですが最近のテナーとあまり変わらない大きさのベースですと、なんとかかんとか最低音のボタンまで掴める(押せる)ようになりました。
たまたまベースギターをプロとして長年弾いていた義妹にパートチェンジでベースに移ったと話したところ、ものすごく喜んでくれて日本語感覚で表現すると「やったね〜、ベースは音楽の魂だもんねぇ」と。音楽のなんたるものかも分からないまま暗中模索で弾いているのだけど、確かに言葉に表現できない心地良さのようなものが体の内側から生まれてきます。しかしながら練習時はメロディーがない為結構苦労します。鼻歌でも出来ればいいのだけど、歌えない、、。これはかなり痛いです。歌えないのに音楽を語って良いのか?とも思いますが、義妹は音楽家で歌えたけど踊れなかった。私はその逆で歌えないけど踊れました。幼少のバレエから始まって、20代はソシアルダンス、サルサダンス、30代はアルゼンチンタンゴと時代を経て来ました。ある時相手が必要なダンスが嫌になり、プツっと止まってしまいました。
話がかなり逸れてしまいました。ベースの練習に戻りますと、歌えない私の解決策は先にメロディーパートだけ音源を作ってそれに合わせて練習しようかと、少しずつベース練習用の音源を用意するようになりました。取り敢えずこれならベースとメロディーはくっ付くわけです。チャットGPT先生にベースとはなんぞや?と尋ねると、リズムとメロディを繋ぐものだそうです。ベースになって実感したことはベース担当は全ての音が聞こえるので、私などは自分の手が疎かになり、聞いちゃって自分が間違える回数が増えてしまうのです。皆んなの音も聞けて、自分も安定して弾けるようになりたいです。
私の音楽に影響を与えた人を人生で5人あげるとしたら、間違いなく義妹はその一人です。ベーシストとして演奏するだけでなくハープの世界も私に紹介してくれました。ハープの世界はたとえ音を間違えて弾いても美しいと言われていて、ハープで弦を弾いて出した音の集まりに感動しました。その当時ハープと言えばオーケストラで見る巨大な楽器しか知りませんでしたが、ペダルハープにレバーハープ、膝の上に置いて弾けるラップハープ、さらには肩にストラップを掛けて病室から病室へ音楽を提供できるセラピーハープまであることが分かり迷わず最初はレバーハープをゲットして先生について習いました。その後ラップハープにもハマり、これが小さいのに本当に美しい音を奏でる楽器で個人輸入してまでゲットしたくらいです。ラップハープを持っていなかった義妹は私の家で弾いてみてこの音の美しさに感動し、母国に帰ってから直ぐに注文していました。義母の為に二人でハープのコンサートを開いた事もよく記憶しています。
大正琴の世界に入って間もない頃、琴を持って夫の帰省に同行し、義妹のハープと大正琴でアンサンブルをやってみました。さて何を一緒に弾こうかとなり、誰もが知ってる「上を向いて歩こう」を二人で選びました。この曲はスキヤキソングという名前で世界中に認知されている名曲です。私の大正琴のレベルはユニゾンの楽譜を追いながらやっと弾ける程度でしたが、義妹は耳で聞いてコード進行が直ぐに分かり、あっという間に伴奏をつけてくれました。その時の映像が残っています。私の大正琴はかなり下手でしたけど、このお金で買えない時間を持てたことは本当に良かったと思います。
ベースは音楽の魂、と言って私のパートが替わったことを喜んでくれた義妹は宇宙旅行に旅立ちました。私もいつか宇宙旅行に参加する日が来るでしょう。その時にはまたハープでアンサンブル、またはハープと大正琴でアンサンブルもいいなぁとあれこれ思いを巡らせるのです。